大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)5859号 判決 1982年6月11日

原告

山玉株式会社

右代表者

玉置整三

右訴訟代理人

下村文彦

被告

山崎豊治

右訴訟代理人

鈴木正捷

被告

山本敬二郎

被告

大石邦雄

右被告山本敬二郎、同大石邦雄

訴訟代理人

鳥生忠佑

山本裕夫

被告

森本泰弥

被告

柴田民雄

右被告森本泰弥、同柴田民雄

訴訟代理人

地田良彦

主文

一  被告山崎豊治は原告に対し、金二四一五万五七〇五円及びこれに対する昭和五五年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告山崎豊治に対するその余の請求並びに被告山本敬二郎、同大石邦雄、同森本泰弥及び同柴田民雄に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告山崎豊治との間においては、原告に生じた費用の三分の一と被告山崎豊治に生じた費用の三分の二を被告山崎豊治の負担とし、その余を原告の負担とし、原告とその余の被告山本敬二郎、同大石邦雄、同森本泰弥及び同柴田民雄との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告山崎豊治は原告に対し、金四二一五万五七〇五円及びこれに対する昭和五五年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告山本敬二郎及び同大石邦雄は原告に対し、各自金八九〇万九四〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告森本泰弥及び同柴田民雄は原告に対し、各自金三三二四万六三〇五円及びこれに対する被告森本泰弥については昭和五五年六月一五日から、同柴田民雄については同月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言。

二  被告ら

(各被告とも)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外株式会社マルミ(以下「訴外会社」という。)に対し、昭和五五年二月五日までに婦人用衣料を売り渡し、訴外会社から右売買代金の支払のために別紙手形目録(1)ないし(12)記載の約束手形一二通(計金四九三八万九三八〇円)の交付を受けたほか、別紙商品売買目録記載のとおり売掛残代金債権金四三二万五〇三四円を有する。

2  訴外会社は昭和五五年二月六日東京地方裁判所から支払不能による破産宣告を受け、そのため、原告は右約束手形金及び売掛代金の取立が不能となり、右約束手形金及び売掛代金相当の損害を蒙つた。<以下、事実省略>

理由

一1  原告と被告山崎との間では成立に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因第1項の事実を認めることができる(原告が訴外会社に対し昭和五四年二月五日までに婦人用衣料を売り渡したことは、原告と被告山崎、同森本及び同柴田との間に争いがなく、原告が訴外会社から売買代金の支払のために別紙手形目録(1)ないし(12)記載の約束手形一二通(計金四九三八万九三八〇円)の交付を受けたことは、原告と被告山崎との間に争いがない。)。

2  請求原因第2項の事実のうち、昭和五五年二月六日に訴外会社が破産宣告を受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、同第2項のその余の事実を認めることができる(原告が約束手形金の支払を受けられなかつたことは原告と被告山崎との間に争いがない。)。

二被告山崎の責任

1  被告山崎が訴外会社の代表取締役であることは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に<証拠>によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告山崎は、個人で婦人用衣料の卸売をしていたが、昭和三三年一〇月訴外会社を設立し、代表取締役に就任した。

(二)  訴外会社は昭和四一年四月、本店を墨田区両国に移転し、昭和四六年四月には五階建の本社屋を新築し、資本金を金八〇〇万円に増資した。この間、昭和四五年九月に関西方面の販路拡張のため、大阪営業所を開設した。

(三)  訴外会社の従業員は昭和五二年ころ約三〇名であり、倒産時(昭和五五年二月)には二三名(パートタイマー四名を含む。)であつたが、被告山崎が代表取締役として直接経営全般に携わり、仕入先、販売先との取引の決済等すべてについて被告山崎が行つていた。

(四)  訴外会社は、昭和四六年に取扱商品を利幅の薄いメリヤス製品からトリコット製品に転換し、同年の売上高五億五〇〇〇万円が翌昭和四七年には八億円に増加した。しかし、昭和四八年の石油危機を契機に売上が減少し、同年には六億八六六七万円、昭和四九年には五億八五二一万円と連続して落ち込んだ。その後、売上の増加を図り、昭和五〇年には六億八四九三万円、昭和五一年に八億六一〇八万円、昭和五二年に九億五九二五万円と回復し、倒産の前年である昭和五四年まで毎年約九億ないし一〇億円の売上があつたが、石油危機後における仕入価格、人件費等の大幅な上昇により利益が低下し、売上が増加すればするほど赤字もまた増加するという悪循環をたどつた。そして昭和五〇年以降は毎年約二〇〇〇万円の赤字を計上し、昭和五四年には六三三〇万円の赤字となり、また同年まで過去七年間の累積赤字は計一億四八九三万六〇〇〇円となつた。

(五)  こうした中で、訴外会社は、昭和五四年三月取引銀行から計八〇〇〇万円の融資を受けるとともに、業績の回復を試みたが、売上はさほど伸びず、また赤字を減少させるまでには至らなかつた。

(六)  そして昭和五五年に入り、二月に支払期日が到来する支払手形の決済が極めて困難であると予測されたため、被告山崎は弁護士と相談し、同年二月六日自己破産の申立てをした。

(七) 訴外会社と原告との取引は、訴外会社が原告から婦人用衣料品を仕入れる形で昭和四〇年ころから行われ、訴外会社は毎月二〇日までに購入した商品の代金を翌月五日に約束手形で支払うとの約定であつた。前記一1の売掛代金債権(その支払のために交付された約束手形分も含む。)は、昭和五四年九月下旬から昭和五五年二月五日までの取引によるものであつた。

3 以上認定の事実によれば、石油危機以降、訴外会社は既に大幅な債務超過の状態が続き、累積赤字は約一億五〇〇〇万円にものぼり、銀行から多額の融資を受けた後も経営状況は好転せず、商品を購入すればするほど赤字が増大していくという状態にあり、原告の本訴請求に係る取引の期間の始期である昭和五四年九月下旬ころまでには、右のような数年間継続しての債務超過とぼう大な累積赤字という経営状態に照らせば、訴外会社は近い将来資金繰りに行き詰まり倒産に至ることが十分予想しえたところ、被告山崎は、ぼう大な累積赤字を順次解消し、健全な経営状態に持つていく具体的方策をとるなどの経営努力をすることなく、代金の支払又はそのための手形決済の可能性が極めて乏しく、またこれ以上商品を購入しても会社の損失が増大するだけであることを知りながら、漫然と原告から商品を購入したものであるということができる。したがつて、被告山崎は重過失により代表取締役としての任務を懈怠したものであり、原告が蒙つた前記一の損害と右任務懈怠行為との間には相当因果関係があるといわなければならない。

4  被告山崎の主張について

(一)  被告山崎の主張1について

前記認定事実によれば、訴外会社の倒産について、石油危機等外部的要因が寄与していることが窺われなくもないが、他方、右事実によれば、右倒産が全く不可抗力であると認めることはできない。そして被告山崎に任務懈怠行為があり、これと倒産の結果生じた原告の損害との間に因果関係が認められることは前記認定のとおりであるから、被告山崎の右主張は理由がない。

(二)  同2について

<証拠>によれば、原告と訴外会社と取引においては原告から訴外会社に対する納品量の上限を二〇〇〇万円とするとの合意が存していたこと、倒産の直前である昭和五四年一二月には右限度額の約定に反し当該月だけで約三〇〇〇万円の商品が原告から訴外会社に納入されていることが認められる。しかしながら、原告が右限度額を一方的に無視し、販売の見込みもない商品を強引に訴外会社へ納入したことを認めるに足りる証拠はなく、また被告山崎の主張によつても原告の行為が訴外会社の倒産の原因のすべてであるというものではないところ、前記認定事実によれば、被告山崎の任務懈怠行為と訴外会社の倒産による原告と損害との間に因果関係が認められるのであるから、被告山崎の右主張は結局理由がないといわなければならない。

(三)  同3について

訴外会社の破産手続の結果、債権者に対し相当高率の配当があつたこと及び原告以外に取締役の個人責任を追及する者がいないことから直ちに被告山崎にその業務の執行につき悪意又は重過失がなかつたということはできず、同被告に会社に対する義務違背があつたことは既に認定したとおりであるから、被告山崎の右主張も理由がない。

三被告山本及び同大石の責任

1  <証拠>によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告山本は本所メリヤス株式会社(昭和四六年に商号を株式会社ヤマケイと変更。)の、同大石は株式会社大石メリヤスのそれぞれ代表取締役であるが、昭和三三年一〇月、かつて取引先の従業員で面識のあつた被告山崎が訴外会社を設立する際に、被告山崎から依頼されて訴外会社の発起人となつた。

(二)  被告山崎は発起人である被告山本及び同大石の同意を得ずに、被告山本及び同大石が訴外会社の株式の一部を引き受けたこととした。当該株式の払込金は被告山崎が負担した。さらに被告山崎は、被告山本及び同大石の承諾を得ずに、同被告らを訴外会社の取締役に就任した旨の登記手続を行つた。被告山崎は、その後の再任の登記手続も被告山本及び同大石の承諾を得ずに行つた。そして被告山崎は、被告山本及び同大石に対し、同被告らが登記簿上訴外会社の取締役となつていること並びに訴外会社の株主となつていることを本件訴訟に至るまで全く報告していなかつた。

(三)  被告山本及び同大石は、訴外会社の取締役としての報酬を受けたことも取締役会の招集の通知を受けたこともなく、株主としての配当を受けたことも株主総会の開催の通知を受けたこともない。

(四)  訴外会社と本所メリヤス株式会社及び株式会社大石メリヤスとの取引は訴外会社設立後しばらく行われたが、本所メリヤス株式会社との取引は昭和三九年に、株式会社大石メリヤスとの取引は昭和四六年にそれぞれ打ち切られた。

2  右認定事実によれば、被告山本及び同大石は、訴外会社の設立に際し、発起人となることを許諾し、また同被告ら名義で株式が引き受けられたうえ、同被告らの取締役就任の登記がなされていることが認められる。しかしながら、また右認定事実によれば、被告山本及び同大石は、訴外会社の取締役に就任することを依頼されたこともこれを承諾したこともなく、同被告らの取締役就任の登記及び株式の引受けは、被告山崎が同被告らに無断で行つたものであることが認められるから、取締役就任の登記があることのみから、同被告らが訴外会社の取締役であるということはできない。したがつて、同被告らは、訴外会社の取締役として、商法二六六条の三に定める責任を負わないといわなければならない。

四被告森本及び同柴田の責任

1  請求原因第5項の事実のうち、被告森本及び同柴田が訴外会社の取締役に就任した旨の登記が存することは当事者に争いがない。

2  右事実に<証拠>によれば、次の各事実を認めることができ<る。>

(一)  被告森本は昭和四五年六月訴外会社に入社し、しばらく雑用係をした後、昭和四六年一月中旬ころから販売の職務を担当してきた。また被告柴田は昭和四九年九月訴外会社に入社し、約二年間出荷関係の職務を担当した後、販売の職務を行つてきた。

(二)  被告森本及び同柴田は昭和五五年一二月二二日、被告山崎から訴外会社が登記簿上所謂休眠会社扱いとなつており、取締役就任の登記手続を急いで行う必要があるので、被告森本及び同柴田の名義を借りたい、ついては印鑑証明を至急取り寄せてほしい旨依頼された。同被告らは一たんこの申入れを断つたが、被告山崎の重ねての要請により、これを承知し、印鑑証明を取り寄せ、翌々日ころ、被告山崎にそれを交付した。

(三)  被告山崎は同月二五日、被告森本及び同柴田が訴外会社の取締役に就任した旨の登記手続をした。

2  以上の事実によれば被告森本及び同柴田については、株主総会における選任手続を経たものではないのに取締役に就任した旨の登記がなされているのであるが、同被告らは右認定の経緯により、取締役就任の登記手続をすることにつき承諾を与えたものというべきであるから、商法一四条の類推適用により善意の第三者に対して、右登記が不実であつて、同被告らが取締役でないことを対抗することができないと認められる。

3  しかしながら、被告森本及び同柴田のように、取締役でないことを善意の第三者に対抗することができない者が、すすんで本件において商法二六六条の三に基づき、取締役としての責任を負うためには、当該取締役が代表取締役である被告山崎の前記のような義務違背を知り、又は容易に知ることができ、取締役会で事前の監視が可能であつたのに、これを怠つたという事情が認められなければならないと解せられるところ、前記二並びに四1及び2で認定したところによれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  訴外会社は被告山崎の個人企業としての性格を有し、同被告が会社の経営の全権を握つていた。

(二)  被告森本及び同柴田の取締役就任登記手続は、訴外会社が登記簿上、休眠会社としての扱いを免れ、株式会社としての外見を整えることを目的として行われた。

(三)  登記手続の後において、被告森本及び同柴田が取締役に就任した(あるいはその旨登記簿に記載された。)ことを他の社員又は原告を含めた取引先に紹介されたことはなく、また右被告らの給与その他の待遇、権限に何らの変動もなかつた。

(四)  右登記手続の約四〇日後に、訴外会社は自己破産の申立てをしており、被告らが取締役に就任していた右期間には会社の営業活動が全く行われていない年末年始が含まれていた。

(五)  昭和五四年一二月二五日から昭和五五年二月五日までの間における訴外会社の営業活動は、それ以前の時期と比べて特段の変動はなかつた。

(六)  原告の本訴請求のうち約束手形金相当の損害分は、右約束手形の原因債権である商品の売買が、すべて被告森本及び同柴田が取締役に就任する以前に行われたものであり、また売買代金相当の損害分(昭和五五年一月以降の取引によるもの)は、それまでの取引の状況に照らし、特に異常とみられる点はなかつた。

4 以上の認定によると、被告森本及び同柴田は、訴外会社の取締役として、代表取締役である被告山崎の行為を監視しこれを防止することができたという状況にはなく、商法二六六号の三の悪意若しくは重過失を認めるには足りないというべきである。

五以上認定事実によれば、被告山崎の任務懈怠行為により、原告は前記一2認定の損害を蒙つたことが認められる。しかしながら、前記一及び二認定の事実に<証拠>によれば、(一)、原告と訴外会社との間における取引限度額の約定は、昭和五一年に訴外会社の取引先が倒産し、訴外会社の信用に不安をいだいた原告の申入れにより設けられたこと、(二)、原告と訴外会社の取引は昭和五四年一一月末までは右の限度額の定めに従い、一定の時点における未払代金は金二〇〇〇万円以内、年間の総取引高も年間約五〇〇〇万円であつたこと、(三)、しかるに、原告は昭和五四年一二月において、前月末までの未払代金が既に二〇〇〇万円近くに達していたにもかかわらず、新たに約三〇〇〇万円もの衣料品を納入し、同月末における未払代金は四九〇〇万円にものぼつてしまつたこと、翌年の一月にもさらに五〇〇万円もの商品を納入し、同月末には未払代金が約五四〇〇万円に達したこと、(四)、原告は、訴外会社の経営状態が改善されておらず、むしろ悪化していることを知つていたにもかかわらず、未払代金の急速な増加につき、訴外会社に対し担保の提供を求めるなど債権保全の方策を何ら講じていないことが認められ<る。>

以上の認定事実によれば、原告は訴外会社の経営状態に不安をいだいて自ら設定した取引限度額に反し、経営状態が悪化していたことを十分知りながら、売掛代金債権保全のための措置を講ずることなく、大量の商品を納入したものであつて、この点において原告には過失があるといわなければならない。<以下、省略> (吉野孝義)

商品売買目録、約束手形目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例